草薙の剣(くさなぎのつるぎ)の本物はどこにある?ヤマタノオロチとの関係

草薙の剣(くさなぎのつるぎ)の本物はどこにある?ヤマタノオロチとの関係
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日本神話と歴史の中で最も有名な神剣と言えば、「草薙の剣」(くさなぎのつるぎ)でしょう。

別名「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)とも呼ばれるこの伝説の神剣は、日本の皇室に伝わる「三種の神器」の一つとして知られています。数々の伝説に彩られ、多くの謎に包まれた草薙の剣は、日本の歴史と共に今日まで大切に守り継がれてきました。

本記事では、草薙の剣の本物がどこにあるのか、その由来やヤマタノオロチとの関係、そして一般人が見ることができるのかなどについて詳しく解説します。

目次

草薙の剣(くさなぎのつるぎ)とは?

草薙の剣は、「八咫鏡」(やたのかがみ)と「八尺瓊勾玉」(やさかにのまがたま)とともに、日本の「三種の神器」を構成する神宝です。これらの神器は、天皇家の正統な皇位継承を証明する王権の象徴として、古代から現代に至るまで大切に守られてきました。

特に草薙の剣は、天皇家が持つ「武力」の象徴とされています。日本神話では、天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟神であるスサノオノミコト(建速須佐之男命)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した際に、その体内から見つけ出したとされています。

世界各国の王家には、王位継承の証として複数のレガリアが存在しますが、日本の三種の神器は実在するレガリアとしては世界最古とされています。これは、日本が世界最古の王朝国家としての歴史を持つことの証でもあります。

草薙の剣の別名「天叢雲剣」は、八岐大蛇がいた場所の上空に常に群がっていた雲に由来するとされ、後に日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の東征の際に草を薙ぎ払ったことから「草薙の剣」と呼ばれるようになりました。

草薙の剣(くさなぎのつるぎ)の本物はどこにある?

現在、草薙の剣は二つ存在していると言われています。本物と形代(かたしろ:神霊が依り憑く代わりとなるもの)です。本物の草薙の剣は、愛知県名古屋市にある熱田神宮に祀られています。一方、形代は東京都千代田区の皇居内にある「剣璽の間」(けんじのま)に安置されています。

なぜ2本存在するのかというと、10代崇神天皇の時代に、神宝を宮中に奉祀することは恐れ多いと考えられ、笠縫邑(かさぬいむら)という場所に移されました。次いで11代垂仁天皇の時代に伊勢の五十鈴川のほとりに遷され、それが伊勢神宮の起源となりました。

この際、草薙の剣の神力を分祀した形代が作られ、以降、宮中ではその形代を祀り継承することになりました。現在、皇居にあるのはこの形代であり、本物は熱田神宮に安置されているのです。

熱田神宮に草薙の剣が祀られることになった経緯は、日本武尊の物語と深く関わっています。日本武尊は東征の際、伊勢神宮で叔母のヤマトヒメノミコトから草薙の剣を授かりました。東征を成功させた後、尾張国(現在の愛知県西部)でミヤズヒメと結婚し、そこに草薙の剣を置いて伊吹山の神を征伐しに行きますが、剣を持たなかったために病に倒れて死んでしまいます。その後、ミヤズヒメによって草薙の剣は尾張国に祀られることとなり、それが熱田神宮の始まりとなりました。

一方の形代は、平安時代末期の治承・寿永の乱では、平家一門が安徳天皇とともに三種の神器を持ち出し、壇ノ浦の戦いで敗れた際に海に沈んでしまったとされています。

草薙の剣(くさなぎのつるぎ)の由来

草薙の剣の起源は、日本神話の中で描かれています。日本書紀や古事記によると、その物語は次のようなものです。

神々の住む高天原で問題を起こし追放されたスサノオノミコトは、出雲の国(現在の島根県)に降り立ちます。そこで泣いている老夫婦と娘のクシナダヒメに出会います。彼らは、毎年やってくる八岐大蛇に次々と7人の娘を生贄として捧げられ、今年は最後の娘が食べられる運命にあると嘆いていました。

スサノオノミコトは、クシナダヒメを妻にもらう条件で八岐大蛇退治を引き受けます。彼は強い酒を用意し、八岐大蛇が酔って眠ったところを「十拳剣」(とつかのつるぎ)で斬り殺しました。その際、大蛇の尾を切った時に剣の刃が何かに当たって欠けたので、不思議に思って切り開いてみると、一振りの剣が出てきました。

その剣があまりにも素晴らしかったので、スサノオノミコトはそれを姉神である天照大神に献上しました。この剣が後に「天叢雲剣」と呼ばれるようになり、さらに後の時代に「草薙の剣」という名前で知られるようになります。

「草薙」という名前の由来は、日本武尊の東征の際のエピソードに関連しています。日本武尊が相模国(現在の神奈川県)で騙され、野原で火を放たれた時、彼はこの剣で周囲の草を薙ぎ払い、火打石で逆方向に火を放って難を逃れました。この出来事から、剣は「草薙の剣」と呼ばれるようになったとされています。

また、この戦いで燃えた野の地名は「焼津」(やいづ、現在の静岡県中部)と呼ばれるようになりました。静岡県には「草薙」という地名も残っており、日本武尊の足跡を今に伝えています3

ヤマタノオロチとの関係

ヤマタノオロチは、日本神話に登場する最も有名な怪物の一つです。「ヤマタ」は「八岐」と書き、「八つに分かれた」という意味で、「オロチ」は「大蛇」を指します。

古事記や日本書紀によれば、ヤマタノオロチは8つの頭と8つの尾を持ち、体には杉や檜などの木々が生え、腹は血で赤くただれていました。その大きさは「谷8つと山8つを合わせるほど」と描写されており、巨大な怪物だったことがうかがえます。

前述のように、スサノオノミコトはこの怪物を退治するために策を練ります。彼は強い酒を用意し、八岐大蛇がそれを飲んで酔い潰れたところを十拳剣で斬り殺します。そして、その尾から見つけ出したのが草薙の剣なのです。

草薙の剣が「天叢雲剣」とも呼ばれる理由は、ヤマタノオロチのいる場所の上空には常に雲がかかっていたことに由来します。「天叢雲」とは「天に群がる雲」という意味で、八岐大蛇の存在と深く結びついているのです。

このように、草薙の剣はヤマタノオロチという怪物の体内から生まれた神秘的な剣であり、その出自自体が神話的な力と意味を持っています。ヤマタノオロチ退治の物語は、善と悪の戦い、混沌の中から秩序を生み出す創造の物語としても解釈でき、草薙の剣はその象徴的な存在と言えるでしょう。

また、草薙の剣の素材については、江戸時代の目撃証言に基づくと、白銅製の両刃直剣であった可能性が高いとされています5。考古学的には、弥生時代後期から古墳時代初頭に出土した青銅剣との類似性から、古代製武具としての実体が推察されています。

一般人でも本物を見ることは可能なのか?

結論から言えば、草薙の剣の本物を一般の人が直接見ることはできません。三種の神器は、天皇陛下でさえも直接見ることが叶わないとされています。熱田神宮に祀られている草薙の剣は、厳重に保管されており、その姿を目にすることは許されていません。

江戸時代中期に記録された「玉千集裏書」(ぎょくせんしゅううらがき)によると、草薙の剣は木箱に赤土と石の箱が納められており、さらに石の箱の中にある木箱に剣が納められているとされています。外箱には鍵がかけられており、その開け方は熱田神宮の大宮司だけが知る秘伝だと言われています。

また、草薙の剣の姿については、全体的に白く、長さが81~85cmほどで、刃先が菖蒲の葉のような形をしており、柄には節くれがあるとされています。この記録によると、草薙の剣を目にした人々は流罪に処されたり、重病になって亡くなったりしたと伝えられており、剣を直接見ることの禁忌が強調されています7

ただし、2021年に熱田神宮では「剣の宝庫 草薙館」(くさなぎかん)が一般公開されました4。ここでは草薙の剣そのものではなく、熱田神宮に奉納された454振りの刀剣から選ばれた貴重な刀剣を見ることができます4。国宝の「大刀 来国俊」や、長さ3メートルを超える大刀などが展示されており、草薙の剣に関連する文化や歴史に触れることができる場所となっています。

まとめ:三種の神器は見てはいけない

草薙の剣は、単なる歴史的遺物に留まらず、熱田神宮の御神体として、また皇位継承の正統性の象徴として、古代から現代に至るまで日本人の信仰や価値観に深い影響を与え続けています。

本物の草薙の剣は熱田神宮に、形代は皇居の剣璽の間に安置されており、どちらも一般の人々が直接見ることはできません。これは三種の神器の神聖性と神秘性を保つためでもあり、「見てはいけない」という禁忌自体が、その価値と意義を高めているとも言えるでしょう。

草薙の剣の歴史は、スサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治から始まり、天照大神への奉納、天孫降臨によるニニギノミコトへの授与、そして日本武尊の東征を経て熱田神宮に至るまで、神話と歴史が交錯する壮大な物語です。その中には、日本の国家形成や文化的アイデンティティの形成に関わる重要な要素が含まれています。

世界最古のレガリアとしての草薙の剣は、日本の歴史の連続性と伝統の重みを象徴する存在であり、今後も大切に守り継がれていくことでしょう。私たちはその姿を直接見ることはできなくても、その背後にある神話と歴史、そして文化的意義を理解し、尊重することができるのです。

三種の神器は「見てはいけない」存在であり続けることで、私たちの想像力と敬意を喚起し、日本文化の奥深さを今に伝えています。草薙の剣の神秘は、これからも日本人の心の中で生き続けることでしょう。

この記事では、草薙の剣の本物の所在地、由来、ヤマタノオロチとの関係、一般の人々が見ることができるかどうかについて詳しく解説しました。日本の神話と歴史が交錯する草薙の剣の物語は、現代においても私たちに多くの示唆を与えてくれます。熱田神宮を訪れる際には、直接見ることはできなくても、その神聖な存在を感じ取ってみてはいかがでしょうか。

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