鹿島神宮は関東屈指のパワースポットとして広く知られています。創建は紀元前660年と言われる日本最古級の神社であり、その長い歴史と神秘的な雰囲気から多くの参拝者を魅了し続けています。特に近年、SNSを中心に「鹿島神宮の不思議な力」についての投稿が増加し、単なる観光地を超えた存在として注目を集めています。
本記事では、鹿島神宮がなぜこれほど「すごい」と評価されるのか、その理由と実際に体験された不思議なエピソードについて詳しく解説します。歴史ファンから神社巡り愛好家、スピリチュアルに興味がある方まで、幅広い読者に鹿島神宮の魅力をお伝えします。
鹿島神宮の概要

鹿島神宮は茨城県鹿嶋市に鎮座する由緒ある神社で、全国に約600社ある鹿島神社の総本社です。主祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)で、日本神話において国譲りを成功させた武の神として崇められています。
東国地方では特に社格が高く、「常陸国一之宮」として古くから崇敬を集めてきました。また、香取神宮・息栖神社とともに「東国三社」と呼ばれる重要な神社の一つとしても知られています。
鹿島神宮の境内は非常に広大で、東京ドーム約15個分に相当する面積を持ちます。特に樹叢(じゅそう)と呼ばれる境内の森林は県の天然記念物に指定されており、約600種以上の植物が自生する豊かな生態系を形成しています。
社殿は1619年に徳川二代将軍の秀忠によって奉納されたもので、本殿・石の間・幣殿・拝殿の4棟からなり、いずれも国の重要文化財に指定されています。楼門は1634年に建立され、日本三大楼門の一つに数えられる荘厳な建築物です。
武甕槌大神は「最強の武神」とも呼ばれ、勝利や武道の神としての御利益が期待されています。また、「鹿島立ち」という言葉の由来ともなっており、旅立ちや人生のターニングポイントの際に訪れる神社として親しまれています。
鹿島神宮がすごいと言われる5つの理由
鹿島神宮がすごいと言われるのは、どうしてなのでしょうか?
ここでは、5つの理由を紹介します。
理由1:日本最古級の歴史と神話的背景
鹿島神宮の創建は紀元前660年と伝えられており、日本最古級の神社の一つです。神武天皇元年に創建されたとされ、その歴史は日本の国の成り立ちと深く結びついています。
特筆すべきは、鹿島神宮の創建が単なる歴史的事実ではなく、日本神話とも密接に関連している点です。主祭神である武甕槌大神は、高天原(たかまがはら)から葦原中国(あしはらのなかつくに・現在の日本)へ降臨し、国譲りの交渉を成功させた神として知られています。
さらに興味深いのは、初代天皇である神武天皇との関わりです。神武天皇が日本統一の途上で窮地に立たされた際、武甕槌大神の神剣「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」によって救われたという逸話があります。この恩に報いるため、神武天皇が鹿島の地に神宮を創建したと伝えられています。
こうした歴史的背景から、鹿島神宮は「すべての始まりの地」とも称され、単なる宗教施設を超えた国家的・歴史的意義を持つ場所として位置づけられているのです。この悠久の歴史と神話的背景こそが、鹿島神宮を「すごい」と評する最も基本的な理由の一つと言えるでしょう。
理由2:関東最強クラスのパワースポット
鹿島神宮は関東でも特に強力なパワースポットとして知られています。その理由は主祭神である武甕槌大神の強大な神格にあります。武甕槌大神は日本神話において剣の神、雷神、そして地震を鎮める神として多面的な性格を持ち、特に強力な力を持つ神として崇められています。
地理的にも鹿島神宮は特別な位置にあります。古代の聖地や重要拠点を結ぶとされる「レイライン」の一つの端に位置しているという説もあり、これが磁場の強い場所である理由の一つとも考えられています。
特に境内の奥宮や要石の周辺では強い磁場を感じるという報告が多数あり、実際に訪れた人の中には「身体が熱くなる」「頭がクリアになる」といった身体的な反応を報告する人も少なくありません。
注目すべきは、このエネルギーが決してネガティブなものではなく、むしろ浄化や活性化をもたらすポジティブなものだという点です。武甕槌大神は邪気を祓う神でもあるため、鹿島神宮を訪れることで心身が浄化され、新たな活力を得ることができるとされています。
境内にはパワースポットのホットスポットとも言える場所がいくつか存在します。特に御神木(樹齢約1300年の杉の巨木)周辺と奥宮は強いエネルギーを感じる場所として知られています。また、要石や御手洗池もエネルギーが集中する場所として多くの参拝者が訪れます。
理由3:七不思議と呼ばれる神秘的な現象
鹿島神宮には「七不思議」と呼ばれる不思議な現象が伝えられており、これが神社の神秘性をさらに高めています。これらの不思議な現象は単なる伝説ではなく、現在も多くの参拝者がその神秘性を体験しています。
七不思議の代表格が「要石(かなめいし)」です。これは地震を起こす大鯰の頭を押さえつけているとされる石で、この石があるため鹿島地方では大きな地震が起きないと伝えられています3。水戸黄門として知られる徳川光圀が、この石の全容を確かめるために七日七晩掘らせたものの、結局根に辿り着くことができなかったという逸話も残っています。
また「御手洗池(みたらしいけ)」も七不思議の一つです。この池は大人でも子供でも入ると水面が胸の高さまでしかこないという不思議な特徴を持っています。さらに、一日に40万リットルもの湧水があるにもかかわらず、水は常に澄み切っているというのも驚きです。
その他の七不思議としては、「末無川(すえなしがわ)」(流れが途中で地下に潜り切れてしまい末が分からない)、「御藤の花」(藤原鎌足が植えたとされる藤の木で、花の数で作物の豊凶を占った)、「根上がり松」(伐っても切り株から芽が生え、何度伐っても枯れない)、「松の箸」(神宮境内の松で作られた箸はヤニが出ない)、「海の音」(波の音が北から聞こえると晴れ、南から聞こえると雨になる)があります。
これらの七不思議は単なる迷信ではなく、地質学的特性や自然環境の特異性に基づいているものも多く、古来の人々の観察眼の鋭さを物語っています。例えば、要石に関しては地震の震源と関連する断層の存在が現代の地質学的調査でも指摘されており、古代の人々が直感的に捉えていた地学的現象を神話的に解釈したものと考えることもできます。
理由4:著名な歴史的人物との深い関わり
鹿島神宮の「すごさ」を語る上で欠かせないのが、日本史に名を残す著名な歴史的人物たちとの深い関わりです。武の神を祀る神社として、特に武将たちからの信仰が厚かったことは注目に値します。
徳川家康は関ヶ原の戦いの前に鹿島神宮に参拝したと伝えられています。その後、戦いに勝利した家康は感謝の念を込めて1605年に奥宮の本殿を寄進しました。また、徳川二代将軍秀忠は1619年に現在の本宮社殿を奉納しています。
鎌倉時代に活躍した源頼朝も鹿島神宮への信仰が厚く、「梅竹蒔絵鞍(うめたけまきえくら)」という現在は国の重要文化財となっている宝物を奉納したという記録が残っています。
「剣聖」と称された戦国時代の剣の達人、塚原卜伝(つかはらぼくでん)は鹿島神宮とより直接的な関わりがありました。彼の父は神官として鹿島神宮に仕えており、塚原卜伝自身も神宮で剣の修行を積んだと伝えられています。
現代においても、この伝統は受け継がれており、Jリーグのサッカーチーム「鹿島アントラーズ」が毎年シーズン前に必勝祈願のために参拝しています。このチーム名の「アントラー」は鹿の枝角を意味し、神の使いである鹿を象徴しています。
これらの歴史的人物の信仰は単なる迷信に基づくものではなく、鹿島神宮が持つ精神的拠り所としての価値を示しています。彼らはそれぞれの時代において、人生の重要な局面で鹿島神宮に参拝し、心の支えを得ていたのです。この点は、現代に生きる私たちにも通じる普遍的な鹿島神宮の魅力と言えるでしょう。
理由5:独特の自然環境と神聖な空間構成
鹿島神宮の魅力の大きな部分を占めるのが、その豊かな自然環境と神聖さを感じさせる空間構成です。神宮の境内は東京ドーム約15個分という広大な面積を持ち、その多くが原生林に近い状態で保存されています。
特に「鹿島神宮樹叢(じゅそう)」と呼ばれる境内の森林は、茨城県の天然記念物に指定されており、600種以上の植物が自生しています。杉をはじめとする巨木が立ち並び、中には樹齢1,300年とされる御神木も存在します。こうした古木の多くは、日本の他の地域では見られない貴重な存在となっています。
境内には南限、北限の植物が共存しているという生態学的にも興味深い特徴があります。これは鹿島の地が気候的な境界線上に位置していることを示しており、生物多様性の観点からも極めて重要な場所となっています。
空間構成の面でも、鹿島神宮には特筆すべき点があります。楼門から本殿へと続く参道は「表参道」と呼ばれ、厳かな雰囲気を醸し出しています。一方、奥宮に通じる「奥参道」は「奥馬場」とも呼ばれ、毎年5月に流鏑馬(やぶさめ)神事が行われる場所でもあります。
さらに、境内には「御手洗池」や「鹿園」など、神話と結びついた特別な場所が点在しています。特に御手洗池は清らかな湧水の池で、古来より神職や参拝者の禊の場として使われてきました。鹿園では、神の使いとされる鹿が約20頭飼育されており、参拝者は神の使いとの交流を楽しむことができます。
これらの自然環境と空間構成が一体となり、鹿島神宮を訪れる人々に深い精神的体験をもたらしています。現代社会の喧騒から離れ、神聖な空間で心を静める貴重な機会を提供しているのです。
鹿島神宮の不思議な体験エピソードまとめ
鹿島神宮を訪れた人々からは、さまざまな不思議な体験のエピソードが報告されています。これらは単なる迷信や思い込みではなく、多くの人が実際に経験している現象として注目に値します。
多くの参拝者が報告するのは「神聖な気配を感じた」という体験です。特に奥宮や要石の周辺では、「何か見えない存在を感じた」「背筋が冷たくなるような畏怖の念に包まれた」という声が少なくありません。これは鹿島神宮が持つ厳かな雰囲気と強いエネルギーの表れかもしれません。
また、「心身の浄化」を体験したという報告も多数あります。「参拝後に長年の悩みが解消された」「不思議なほど心が軽くなった」「頭がクリアになり決断力が増した」など、精神面での変化を実感する人が多いようです7。
具体的なエピソードとしては、「恋人と別れることになったが、結果的に良かった」という経験が報告されています。これは一見ネガティブな出来事のように思えますが、長い目で見れば人生の転機となる重要な出来事だったという解釈ができます。鹿島神宮が「人生のターニングポイント」に関わる神社だという特性を考えると、非常に興味深いエピソードと言えるでしょう。
さらに特筆すべきは、「御祭神の武甕槌大神を見た」という体験談です3。これは正確には視覚的に「見た」というよりも、強い神の気配を感じ取ったという体験と解釈できますが、それだけ鹿島神宮の神聖さが人々の感覚に強く働きかけることを示しています。
神社の写真に不思議な現象が映り込んだという報告もあります。特に「御手洗池を撮影したら写真が真っ黒になった」「境内で撮影した写真に光の筋が入った」などの現象は、デジタルカメラの不具合といった技術的な説明も可能ですが、鹿島神宮の神秘的な雰囲気を強める要素となっています7。
これらの体験は個人差があり、必ずしも全ての参拝者が同様の経験をするわけではありません。しかし、多くの人が何らかの「特別な体験」をすることから、鹿島神宮が単なる観光地ではなく、人々の精神性に働きかける特別な場所であることは間違いないでしょう。
まとめ:鹿島神宮は特別な場所なのか?
鹿島神宮がなぜ「すごい」と称されるのか、その5つの理由と不思議な体験エピソードについて詳しく見てきました。では、総合的に考えて鹿島神宮は本当に「特別な場所」なのでしょうか。
まず確実に言えるのは、鹿島神宮が日本の歴史と文化における重要な位置を占める神社だということです。紀元前660年の創建以来、約2,700年の歴史を持ち、日本神話や国の成り立ちとも深く関わっています。歴史的・文化的価値だけでも十分に「特別」と言えるでしょう。
また、徳川家康や源頼朝といった歴史上の重要人物が深く信仰していたという事実は、鹿島神宮が単なる地方の神社ではなく、国家的な意義を持つ神社であったことを示しています。現代においても、多くの人々が人生の節目に訪れる「鹿島立ち」の伝統が続いていることは注目に値します。
鹿島神宮の七不思議や不思議な体験エピソードについては、科学的に説明できる現象もあれば、現代科学では解明しきれない部分もあります。しかし重要なのは、多くの人々がこの場所で何らかの「特別な体験」をしているという事実です。これは鹿島神宮が持つ独特の雰囲気や環境が、人々の精神性に強く訴えかけることを示しています。
鹿島神宮の自然環境も特筆すべき点です。600種以上の植物が生息する豊かな森林は、単に景観が美しいだけでなく、生物多様性の観点からも貴重な場所となっています。この自然環境が、訪れる人々に癒しとリフレッシュをもたらしているのです。
結論として、鹿島神宮は歴史的・文化的価値、自然環境、そして人々の精神性に与える影響という複数の観点から見て、確かに「特別な場所」と言えるでしょう。しかし、その「特別さ」の本質は、超自然的な力や神秘的な現象にあるのではなく、長い歴史の中で培われてきた人々との強い結びつきと、訪れる一人ひとりの心に与える影響にあるのかもしれません。