近年、再び注目を集めている漫画家たつき諒氏の著書『私が見た未来』。1999年の初版発行から20年以上経った今でも、その予言の数々が多くの人々を魅了し続けています。とりわけ。東日本大震災を予言したとされる内容は、多くのメディアで取り上げられ、2021年に発売された『完全版』は80万部を超えるベストセラーとなりました。本記事では、たつき諒氏の予知夢に基づく予言の数々を一覧にして紹介するとともに、その的中率や信憑性について詳しく検証していきます。
たつき諒氏の紹介
たつき諒氏は1954年12月2日生まれ、神奈川県出身の元漫画家です。1975年に『月刊プリンセス』(秋田書店)でデビューし、少女漫画家として活躍しました。著書には『人形物語』『時の中の少女』『水色の航空書簡』『タージ・マハル廟のある町』などがあります。
1994年から1998年にかけて雑誌「ほんとにあった怖い話」および「恐怖体験」に連載した漫画をまとめた『私が見た未来』を1999年に朝日ソノラマから出版し、その後、漫画家を引退しています。
たつき氏の特徴は、自身が見た「予知夢」を記録した「夢日記」をもとに漫画を描いていたことです。彼の予知夢は、単なる想像上の物語ではなく、実際に経験した夢の内容を忠実に記録したものであり、それが後に現実となる事例があったことから、注目を集めることになりました。
たつき諒氏『私が見た未来』の予言一覧
たつき諒氏の『私が見た未来』には様々な予言が記されています。これらの予言は、的中したものと外れたもの、そしてまだ検証できないものに分けることができます。ここからは、それぞれの予言についてより詳しく見ていきましょう。
当たりの予言
1. 東日本大震災(2011年3月)
最も有名なたつき氏の予言は、東日本大震災に関するものです。1999年に出版された『私が見た未来』の表紙に「大災害は2011年3月」と明記されていました。この出版から12年後の2011年3月11日に発生した東日本大震災は、多くの人命を奪った未曾有の大災害となりました。
漫画の表紙に描かれた予言が的中したことで、絶版となっていた本書は中古市場で10万円以上の値がつくほどの希少価値を持つようになりました。この予言の的中により、たつき氏の予知能力に注目が集まることになったのです。
2. スマートフォンの予見
たつき氏が1983年に描いた短編『ちいさなカラの中』のラストシーンには、33年後の未来(2016年)の日本が描かれています。そこに登場する少年がスマートフォンと思われるデバイスを操作している様子が描かれていると指摘されています。
1983年当時はスマートフォンという概念自体が存在しておらず、この描写は当時としては非常に先進的なものでした。このような細部にまで及ぶ未来予測も、たつき氏の予知能力の証左とされています。

3. パンデミックの暗示
『私が見た未来 完全版』が出版された2021年には、「2021年8月20日に富士山が噴火する」という予言があったとの情報が広まりました。実際には富士山の噴火は起きませんでしたが、その日は日本のコロナウイルス新規感染者数がピークを記録した日でした。
少々無理はありますが、一部の読者からは、「噴火」という表現がパンデミックの比喩であったという解釈もなされ、間接的に的中した予言として捉える見方もあるようです。
外れの予言
1. 富士山大噴火
たつき氏の予言の中には、富士山の大噴火に関するものもありました。具体的な日付として「2021年8月20日に富士山が噴火する」との予言が一部で広まりましたが、実際にはその日に富士山の噴火は発生しませんでした。
ただし、「私が見た未来 完全版」の解説部分では、「富士山大噴火」の夢が実際には何を意味していたのかについての考察が記されており、文字通りの噴火ではなく別の災害の比喩である可能性も示唆されています。
2. 青い彗星の衝突
『私が見た未来』の中には、日本に青い彗星が落ちてくるという予言も含まれているとされていましたが、現時点でそのような天体衝突は発生していません。
これについても、文字通りの彗星衝突ではなく、別の災害や社会現象の象徴的表現である可能性が指摘されています。予言的な夢は、しばしば象徴的なイメージとして現れることがあるため、その解釈には多様な視点が必要とされています。

予知や予言は確実ではない
たつき諒氏の予言が一部的中していることで注目を集めていますが、予知や予言の本質を理解することも重要です。すなわち、予知夢や予言は100%の確率で現実になるものではありません。それは以下のような理由からです。
理由1 夢の解釈の主観性
夢は極めて個人的な体験であり、その解釈には主観が入り込みます。たつき氏自身も「夢日記」をもとに漫画を描いていますが、夢の内容をどう解釈するかは描き手の主観に委ねられています。
理由2 予言の曖昧性
歴史上の多くの予言者と同様に、予言は往々にして曖昧な表現で示されることが多く、後になって様々な解釈が可能となります。例えば、ノストラダムスの予言も、その曖昧な表現故に多様な解釈が可能となり、結果的に「的中した」とみなされることがあります。
理由3 科学的検証の難しさ
予知能力は現代科学では明確に説明できない現象です。「radiolab」の番組では、動物の心や感情について科学的な視点から議論されていますが、そこでも「錐体細胞」など神経科学的な説明が試みられつつも、完全な解明には至っていないことが示されています。
科学的立場からは、予知能力の存在自体を証明することは難しく、偶然の一致や確証バイアス(自分の信念を支持する情報だけを重視する傾向)の可能性も考慮する必要があります。
たつき諒氏の想い
たつき諒氏は、自身の予知夢を単なる話題作りや注目を集めるための手段としてではなく、人々に警告を伝えるための使命感から『私が見た未来 完全版』を出版したとされています。「完全版」の解説部分には、なぜ夢日記を書き始めたのか、表紙に描いた予知夢の真相、漫画家を辞めた理由、インド旅行が大きな転換点になったことなど、たつき氏の個人的な経験や想いが詳細に記されています。
また、「完全版」を読んだ60〜80代の読者からは、「大災難が訪れる2025年7月に立ち会うことが人生の新たな目標になった」など、たつき氏のメッセージを前向きに捉えた感想が多く寄せられているとのことです。これは、たつき氏の予言が単なる恐怖を煽るものではなく、人々に希望や目標を与えるものとしても受け止められていることを示しています。
まとめ:日頃から注意することが大切
たつき諒氏の予言が的中するかどうかにかかわらず、私たちが日頃から災害への備えを怠らないことは極めて重要です。特に地震大国である日本では、「いつ大規模な地震が発生してもおかしくない」という意識を持ち続けることが肝要です。
たつき諒氏の『私が見た未来』とそこに記された予言は、現代社会に生きる私たちに対して、未来への備えと希望、そして自然の力に対する畏敬の念を改めて呼び起こすものとなっています。予言が的中するかどうかは誰にも分かりませんが、それを契機に災害への意識を高め、防災対策を充実させることには大きな意義があるといえるでしょう。
私たちは予言を単に受け入れるのではなく、批判的思考をもって検証し、それでもなお自然災害に対する備えを怠らないという姿勢が大切です。たつき氏の予言が私たちに教えてくれているのは、未来は変えられるという希望と、そのために今できることを実践する勇気なのかもしれません。