「黒田官兵衛」と言えば、「天才軍師」として織田信長や豊臣秀吉に一目を置かれた歴史的人物です。みなさんのなかにも、大河ドラマで名前を聞いたことのある人たちもいるはずです。事実、彼の類稀なる戦術は今日でもなお、刮目に値します。そんな官兵衛は、どのような家紋を使っていたのでしょうか?
この記事では、黒田官兵衛が使っていた家紋を紹介します。また、盟友竹中半兵衛との関係についても考察しているので、歴史に興味がある人は参考にしてみてください。
黒田官兵衛の家紋一覧
さて、黒田官兵衛はどのような家紋を使っていたのでしょうか?
黒田官兵衛は大きく3つの家紋を使っていたと言われています。
藤巴 | 石餅 | 黒田橘 |
ふじどもえ | こくもち | くろだたちばな |
ここでは、それぞれの意味や由来について詳しく解説していきます。
その1 藤巴の意味
第1に、黒田家の代表的な家紋は「藤巴(ふじどもえ)」です。「黒田藤巴」とも言われています。
一説によれば、黒田官兵衛が織田信長に対して謀反の疑いがあった荒木村重を説得しようと試みた際に、捕縛されて約1年間幽閉されるという事件が起きました。精神的に疲れ果てた官兵衛が牢屋越しに見ていたのが藤の花だったそうです。ある種の希望を感じ取っていたのかもしれません。
「巴」は水が渦を巻く様な意匠で火災時に水を呼び込むという意味合いがあります。すなわち、困難があってもなお救いの手が現れるという縁起の良い文様だったわけです。
なお、主家だった小寺氏が使っていた「藤橘巴」から「橘」を抜き出してデザインしたものが「藤巴」であると考えられています。おそらく、あまり知られてはいませんが、小寺氏は黒田官兵衛にとって重要な存在だったに違いありません。
その2 石餅紋の意味
第2に、「石餅紋」は「石持ち」とも読めることから石高を増やせるという意味を持つ縁起の良い家紋です。別名では「黒餅」とも言われています。
官兵衛が「石餅紋」を使い始めた背景には、竹田半兵衛が大きく影響しています。官兵衛が幽閉された際に、織田陣営は裏切られたと誤解して、官兵衛の息子を斬首するように命じました。そのとき、半兵衛は官兵衛を信じて、息子を自宅に匿ったのです。当然、信長にバレたら半兵衛もまたタダでは済みません。
結果、1年後に解放された官兵衛は子どもの命を救ってもらった恩人として半兵衛が使っていた「石餅紋」を使うようになりました。友情の証とも言えるべき家紋なわけです。
なお、半兵衛が石餅紋を使っていたのは戦で矢を射かけられた時、たまたま懐に入っていた餅に当たり命拾いしたことが理由であるという説があります。
その3 黒田橘の意味
第3に、黒田橘もまた官兵衛が使用した家紋のひとつです。
橘とは、古くから日本に生息する柑橘類です。今ではあまり使われる例えではありませんが、橘の花は風雪にも負けずに立派に育つことから奥ゆかしく豊かな人間性を持つ人に対して「橘のような人である」と形容する言葉が存在します。黒田橘にも、このような意味合いが込められている可能性があります。
また、橘は「太刀花」と表現されることもあり、武家との強いつながりを象徴する場合があります。
竹田半兵衛との関係性
なお、「黒田官兵衛」と勝るとも劣らない人物と言えば、「竹田半兵衛」です。彼は豊臣秀吉の家臣として、官兵衛と同時期に活躍しました。二人とも「兵衛」が名前に付くことから「両兵衛」と呼ばれ、年齢も近いこともあり、良きライバルとして功を競い合っていました。
二人の絆を強固にしたエピソードとしては、前述のとおり、織田信長に対する謀反を起こしたと誤解されたことをきっかけに、半兵衛が官兵衛の息子が殺されそうになったところを助けたことが挙げられます。事実、それ以後、官兵衛は半兵衛が使っていた石餅の家紋を使うようになりました。
秀吉が頼りにした天才軍師だった
黒田官兵衛は織田信長だけではなく、豊臣秀吉が天下統一の偉業を成し遂げるために、「兵糧攻め」や「水攻め」など戦術を考案して武功を上げました。秀吉をはじめ当時の武士たちが認める「天才軍師」だったのです。
加えて、石餅の家紋を使うようになった背景からは、受けた恩義を重んじる官兵衛の人間性を伺うことができます。竹田半兵衛という無二の親友を得たことは官兵衛にとっても人生の大きな財産だったに違いありません。
家紋を用いることになったきっかけから当時を生きた人たちの生き様を感じられるのは面白いですよね。これを機会にあなたの好きな歴史的人物が使っていた家紋について調べてみてください。
参考文献一覧
- 『決定版 知れば知るほど面白い!家紋と名字』綱本光悦 西東社
- 『面白いほどよくわかる 家紋のすべて 安達史人』日本文芸社
- 『家紋から日本の歴史をさぐる』インデックス編集部 ごま書房
- 『日本の家紋事典 由来と解説』大隈三好 金園社
- 『知識ゼロからの日本の家紋 入門』楠戸義昭 幻冬社
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