原爆を東京に落とさなかった理由|広島や長崎に落とされた背景も考察

原爆を東京に落とさなかった理由|広島や長崎に落とされた背景も考察

戦争で相手国に致命的な損失を被らせるためには、「首都機能を奪う」というのは選択肢のひとつです。しかし、第二次世界大戦で原爆が投下されたのは東京ではなく、広島と長崎でした。一瞬にして数万人の命を奪う悪魔の所業であることに変わりがないものの、どうして首都を狙わなかったのでしょうか?

この記事では、アメリカ政府が原爆を東京に落とさなかった理由について考察しています。また、広島と長崎に核兵器が投下された背景についても考察しているので、戦争の歴史に興味のある方は参考にしてみてください。

目次

原爆を東京に落とさなかった理由

さて、アメリカ軍が東京に原爆を落とさなかったのは、なぜなのでしょうか?

結論から言えば、東京都が原爆の破壊力を検証する都市に適さないと判断されたことが理由です。しかし、日本が広島と長崎の原爆投下を契機に無条件降伏を宣言していなかったら、東京が攻撃の対象になっていた可能性はあるかもしれません。

あまり知られてはいませんが、1945年4月27日にワシントンで開かれた「第1回目標検討委員会」では、東京湾、川崎、横浜、名古屋、大阪、神戸、広島、呉、小倉、下関、山口、熊本、福岡、長崎、佐世保の全17箇所が原爆投下の対象候補地に選ばれていました。

1945年4月28日付の文書。

しかし、同年5月11日の第2回目標検討委員会で「爆風で効果的に損害を与えられること」などの研究対象として具体的な条件が追加されて、広島、京都、横浜、小倉の4都市が攻撃の対象となったのです。

広島と長崎に原爆が落とされた背景

それでは、各候補地のなかで、原爆が広島と長崎に落とされたのは、どうしてなのでしょうか?

第1に、広島に原爆が落とされた理由は、対象候補地域のなかで連合国側の捕虜を収容する施設がなかったことが決め手になったと考えられています。

実際、自国の兵器によって味方が殺されたとなれば、世間は黙っているはずはありません。その不満は、選挙にも大きく影響するため、たくさんの捕虜がいる地域に歴史的に一度も使用されたことのない核兵器を使うのは政治的リスクがあまりにも大きいと判断されたのでしょう。

しかし、広島県内では米兵も被曝しています。少なくともアメリカ政府は10名が直接的に被曝したと認定しています。

第2に、長崎に原爆が落とされたのは、小倉の天候が悪かったことが直接的な理由であると言われています。そもそも長崎が候補地の対象となったのは、空襲の被害をあまり受けていなかったことから兵器の威力と効果を検証しやすかったことに加えて、三菱造船所などの兵器工場が集積していたことにあります。

天気ひとつで数万人の命の行方が決まるなんて想像だにしないかもしれませんが、アメリカにとって原爆の投下は実験だったのです。科学万能主義が生命までも手段とする20世紀が「戦争と暴力の時代」と形容されるのも十分に頷ける歴史的な事実であると言えるでしょう。

京都も候補地だった

なお、京都もまた原爆投下の有力な候補地でした。

けれども、アメリカ政府は日本の歴史的都市である「京都」を壊滅させると、終戦後に日本人から協力を得られなくなると結論して、核兵器の使用対象から外したのでした。

その決定に大きな役割を果たしたのがヘンリー・スティムソン戦争長官であると言われています。彼は当時の大統領トルーマンに対して、「京都は古都なので投下すべきではない」と直接、説得しました。

実のところ、スティムソンは1926年の秋に妻と一緒にハネムーンで京都に訪れています。おそらく、その際に、京都が特別な地域であるという印象を抱いたのかもしれません。日本人の精神構造を理解することを重視していたアメリカ政府は、スティムソンの提案を受け入れたのでした。

原爆投下は実験だった

原爆の投下先はデータを取得するために必要な条件をもとに決定されました。具体的に言うと、アメリカ政府は以下の用件に合致することを重視していました。

  • 直径3マイル(約4.8キロ)以上の広さを持つ都市
  • 高度な戦略的価値を持つ都市
  • 比較的、空爆による被害を免れた都市

上記のほかにもいくつかの条件があったものの、原爆が政治的・科学的実験を前提としていたことは確かなことです。人間の生命を軽視する恐ろしいマインドであることは言うまでもありませんが、戦争を一度、始めれてしまえば、どの国も尊い命について正論を語ることはできません。

21世紀の現在に至っても、地球上では戦争や紛争が続いています。毎日のように人間が人間を殺しているのです。人間に対する不信と憎悪が膨張することで生まれる「引き返せない流れ」を変えるためには、どうすればよいのか。無力感に苛まれながらも、平和のためにできることを探すしかないのです。

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この記事を書いた人

DEEP JAPAN QUEST編集部は日本文化に関する総合情報メディアを運営するスペシャリスト集団です。DEEP JAPAN QUEST編集部は、リサーチャー・ライター・構成担当・編集担当・グロースハッカーから成り立っています。当サイトでは、日本文化全般に関わる記事を担当しています。

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