ファットマンとリトルボーイの違い|威力はどれくらい異なるのか?

ファットマンとリトルボーイの違い|威力はどれくらい異なるのか?
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第二次世界大戦の終結に大きな役割を果たした二つの原子爆弾、「リトルボーイ」と「ファットマン」。これらの原爆は人類史上初めて実戦使用された核兵器であり、その破壊力は従来の爆弾とは比較にならないものでした。

リトルボーイは広島に、その3日後にはファットマンが長崎に投下され、一瞬にして数万人の命を奪いました。広島では9万人から16万6千人、長崎では3万9千人から8万人もの人々が犠牲となったと推定されています。

本記事では、これら二つの原爆の技術的な違いや威力の差異について詳しく解説し、その開発背景から現代に至るまでの影響を考察します。

目次

ファットマンとリトルボーイの概要

リトルボーイとは、1945年8月6日に広島市に投下された原子爆弾のコードネームです。全長3.05m、最大直径0.71m、総質量4,400kgの細長い形状をしており、ウラン235を用いたガンバレル型の核兵器でした。これは人類史上初めて実戦使用された核兵器であり、地上約600メートルの高さで爆発しました。

一方、ファットマンは1945年8月9日に長崎市に投下された原子爆弾のコードネームで、長さ3.25m、直径1.52m、重さ4.5トンのずんぐりとした形状をしていました7。リトルボーイがウラン235を使用していたのに対し、ファットマンはプルトニウム239を用いたインプロージョン(内破)方式の原子爆弾でした。地上約503メートルの高さで爆発し、長崎市北部(現在の松山町)に甚大な被害をもたらしました。

これらの原爆は、マンハッタン計画と呼ばれるアメリカ、イギリス、カナダの共同プロジェクトで開発されました。このプロジェクトは、ナチス・ドイツなどの枢軸国が原子爆弾を開発していることへの懸念から始まり、多額の資金(当時の額面で19億ドル)が投入されました。

ファットマンとリトルボーイの違い

それでは、ファットマンとリトルボーイは具体的にどのような違いがあるのでしょうか?

違い1 構造と爆発メカニズムの違い

リトルボーイは「ガンバレル型」と呼ばれる構造を採用していました。この方式では、臨界量以下のウラン235を二分し、パイプの両端に置き、一方を火薬の爆発力で他方に向かって発射し衝突させることで、臨界量を超過させて核分裂連鎖反応を引き起こします。これは比較的シンプルな仕組みですが、確実に核分裂反応を起こすには高い精度が必要でした。

対照的に、ファットマンは「インプロージョン型」と呼ばれる、より複雑な構造を持っていました。この方式では、プルトニウム239を球形に配置し、その周囲を高性能爆薬で囲みます。爆薬が一斉に爆発することでプルトニウムを高密度に圧縮し、臨界状態に達することで核分裂連鎖反応を起こします。このメカニズムは構造的により複雑ですが、プルトニウム239を効率的に利用できるという利点がありました。

違い2 使用材料の違い

リトルボーイとファットマンの最も基本的な違いは、使用されている核分裂性物質です。リトルボーイはウラン235を用いていました。当時、ウラン235の精製は極めて困難で、天然に存在するウランの約0.7%しか含まれていないウラン235を90%以上まで濃縮する必要がありました。

マンハッタン計画では、このウラン濃縮にガス拡散法、熱拡散法、電磁濃縮法など複数の方法を併用しました。リトルボーイには約64kgのウラン235が使用されましたが、実際に核分裂反応を起こしたのはそのうちのわずか1.4%程度(約876.3g)だったと推定されています。

一方、ファットマンはプルトニウム239を核分裂性物質として使用していました。プルトニウム239は自然界には存在せず、原子炉内でウラン238に中性子を照射して人工的に作り出す必要がありました。プルトニウムは非常に不安定な物質であり、それを爆弾として使用するにはより複雑な設計が必要とされました。しかし、プルトニウムはウランよりも少ない量で臨界に達するため、より効率的に核爆発を起こすことができました。

違い3 開発課題と実験の違い

リトルボーイがガンバレル型の比較的単純な構造を持っていたため、科学者たちは実際に爆発実験をせずとも、理論的計算だけで実用可能と判断しました。このため、広島に投下されたリトルボーイは、実際には一度も事前の爆発実験が行われなかった唯一の核兵器となりました。

一方、ファットマンは構造が複雑で理論だけでは成功を保証できなかったため、1945年7月16日にニューメキシコ州アラモゴードで「トリニティ実験」と呼ばれる世界初の核実験が行われました。この実験は成功し、その結果をもとに改良されたものが長崎に投下されたのです。トリニティ実験はその破壊力と眩しさからオッペンハイマー博士に「私は死神となり、世界を破壊する者となった」という言葉を想起させたと言われています。

ファットマンとリトルボーイの威力はどれくらい異なるのか?

リトルボーイの核出力は、TNT火薬換算で約16キロトン(±2キロトン)でした。1キロトンは1,000トンのTNT火薬の爆発に相当し、エネルギー単位では約4.184×10¹² ジュールになります。つまり、リトルボーイの爆発エネルギーは約6.694×10¹³ ジュールだったことになります。

一方、ファットマンの核出力はTNT火薬換算で約21キロトン(±2キロトン)と推定されており、リトルボーイよりも約30%大きな爆発力を持っていました。単純な数値だけを見ると、ファットマンの方がリトルボーイよりも明らかに威力が大きかったことがわかります

しかし、実際の被害状況を見ると、犠牲者数は広島の方が多くなっています。これは爆発地点の地形や都市の構造、人口密度などの違いが影響しているためです。広島が比較的平坦な地形だったのに対し、長崎は起伏に富んだ地形であったため、爆風や熱線の影響が地形によって一部遮られた面もありました。

両方の原爆は、爆発時に強力な熱線、爆風、そして放射線を放出しました。爆心地付近では約3,000〜4,000℃の高温となり、太陽の表面温度が約6,000℃、鉄が溶ける温度が約1,500℃であることを考えると、異常なほど高温の熱線が放出されたことがわかります。

放射線の影響は、リトルボーイもファットマンも主にガンマ線と中性子線によるものでした。爆心地から半径約500メートル以内では、遮るものがなければほぼ全員が死亡したと考えられています。たとえば広島でリトルボーイが爆発した際には、爆心地から600メートル以内にいた人の92%が死亡しました。

また、原爆投下後には「黒い雨」と呼ばれる放射性物質を含んだ雨や「死の灰」と呼ばれる放射性降下物が広範囲に降り注ぎ、直接被爆しなかった人々にも放射線障害をもたらしました7。これらの放射線被害は一時的なものではなく、白血病や甲状腺がん、乳がん、大腸がんなど様々な病気を長期にわたって引き起こす原因となっています。

ファットマンとリトルボーイを作った人は誰なのか?

これらの原爆はマンハッタン計画の一環として開発されました。この計画は1942年10月にフランクリン・ルーズベルト大統領により承認され、レズリー・リチャード・グローヴス准将が責任者に任命されました。科学部門のリーダーを務めたのは、理論物理学者のロバート・オッペンハイマーでした。彼はロスアラモス研究所の所長として、原爆の設計と製造を指揮しました。オッペンハイマーは「核の父」とも呼ばれ、その科学的才能と組織力で膨大なプロジェクトを成功に導きました。しかし後年、彼は原爆の開発と使用に対して深い倫理的葛藤を抱くようになりました。

原爆に名前を付けたのは、オッペンハイマーの元教え子でマンハッタン計画に参加していたロバート・サーバーでした。彼はそれぞれの爆弾の外観に基づいて名前を選び、細長い形状の爆弾をダシール・ハメットの小説『影なき男(The Thin Man)』にちなんで「シンマン(痩せ男)」と命名しました。後にこれがさらに小型化されて「リトルボーイ(少年)」と呼ばれるようになりました。一方、ずんぐりした形状の爆弾は「ファットマン(太った男)」と名付けられました。

マンハッタン計画には、米国外ではカナダのモントリオール大学も参加し、民間企業ではデュポン、ゼネラル・エレクトリック、ウェスティングハウス・エレクトリックなど大企業も参画しています。計画全体には当時の額面で19億ドルという莫大な資金が投入されました。

まとめ:原爆の恐ろしさを語り継ぐ必要がある

リトルボーイとファットマンは、構造、使用材料、爆発メカニズム、威力において明確な違いがありました。リトルボーイはウラン235を使用したガンバレル型の比較的シンプルな構造を持ち、ファットマンはプルトニウム239を使用したインプロージョン型のより複雑な構造を持っていました。威力はファットマンの方が約30%大きかったものの、地形の違いから広島での被害の方が大きくなりました。

これら二つの原爆は、1945年の広島と長崎への投下以来、実戦では使用されていません。しかし、第二次世界大戦後に開発された核兵器の中には、広島に投下された原爆の3000倍以上の威力を持つものも存在していました。現在世界中には約1万7000発の核弾頭があると言われています7

2009年にはオバマ米大統領が「核兵器のない世界」を表明し、核軍縮・核不拡散に対する国際社会の期待が高まりました。しかし、核兵器の完全廃絶はまだ達成されていません。

世界で唯一の戦争被爆国として、日本には原爆の恐ろしさと非人道性を世界に伝え続ける責任があります。広島と長崎の経験は、核兵器がもたらす壊滅的な被害と長期にわたる人体への影響を如実に示しています。核兵器が二度と使用されることのないよう、私たち一人ひとりが平和への意識を高め、核兵器廃絶に向けた取り組みを支援していくことが重要です。

原爆投下から80年近くが経過し、直接の体験者が減少している今、その記憶と教訓を風化させることなく次世代に伝えていくことが、平和な未来を築くための鍵となるでしょう。リトルボーイとファットマンという二つの原爆の技術的な違いを理解することは、核兵器の脅威を正しく認識し、その廃絶の重要性を理解するための第一歩となります。

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