みなさんのなかには、原爆資料館に「ホルマリン漬け」の標本があると聞いたことのある人たちもいると思います。写真や人形のような作られたものとは違って、死者の一部を客観的に観察するのは、命の重さと直接的に向き合うことになります。
この記事では、広島の原爆資料館に展示されていると言われている「ホルマリン漬け」について解説しています。現在の展示状況にも言及しているので、これから広島平和記念資料館に訪問しようと考えている人たちは参考にしてみてください。
原爆資料館の基本情報
原爆資料館とは、太平洋戦争のときに広島県と長崎県に落とされた核兵器によって生じた被害を記録した展示を行なっている博物館です。具体的には、「広島平和記念資料館」と「長崎原爆資料館」が正式名称です。詳細については、それぞれの公式HPをご確認ください。
原爆資料館のホルマリン漬けとは?
それでは、原爆資料館に展示されている「ホルマリン漬け」とは、何を指しているのでしょうか?
結論から言えば、広島平和記念資料館には、ケロイドの残る皮膚がホルマリン漬けされたものが展示されています。写真などの記録と違って、ホルマリンで保存されている肉体からは戦争の恐怖を訴える「生々しさ」を感じます。
実際に、当時を生きた人間の一部ですから、見る側にもそれなりの覚悟がいるのです。なかには、ホルマリン漬けの展示を見て、トラウマになってしまう人もいるかもしれません。したがって、訪問時には、無理をしないようにくれぐれも注意してください。直視することだけが戦争を学ぶことではありません。
胎児のホルマリン漬けが展示されているのは本当なのか?
なお、過去に原爆がきっかけで生まれた奇形胎児のホルマリン漬けが展示されていたのは、本当なのでしょうか?
結論から言えば、昭和の時代には、広島県や長崎県の原爆資料館には胎児のホルマリン漬けがあったのは事実です。しかし、現在は展示物の一覧から除かれており、現地に訪問しても実物を閲覧することはできなくなっています。
おそらく、胎児のホルマリン漬けが撤去されたのは、見た人がトラウマを抱えるくらい残酷であることが要因であると推察されます。たしかに、戦争で「死んだ人間」が目の前に保存されているのですから、何も感じないほうが不自然です。
もちろん、原爆がもたらした残酷な歴史的事実と向き合うことは大切なことようにも思います。しかし、結果として戦争の爪痕に対する恐怖が強く植え付けられることによって、かえって「関わりたくない」という感情が芽生えてしまうこともあるのです。
そうなれば、資料館として訪れた人たちに戦争の歴史を伝えるという目的を果たせなくなります。だからこそ、「生々しいものほど扱い方が非常に難しい」という問題との向き合った結果の判断なのでしょう。
現在の展示状況
2023年に広島県で開催されたG7の会議では、各国の首脳が「広島平和記念資料館」に訪問したと報道されています。その際に、ホルマリン漬けの展示を見ていることから、現在も継続して設置されていると考えられます。
5月19日に、G7首脳は広島の平和記念資料館を訪問した。ここには犠牲者が着ていた服や原爆の熱線で溶けたガラス瓶、三輪車の残骸、ホルマリン漬けにされたケロイドの残る皮膚、真っ赤に焼けただれた被害者の背中の写真、熱線で顔など上半身が炭化した被害者の写真などが展示されている。核兵器が人体にいかに酷い損傷を与えるかを、ここほど詳細に教える場所は世界のどこにもない。
保険毎日新聞社『ドイツから見た広島サミット(中)』より引用
もし、ホルマリン固定された展示物を見ることを目的として訪問を予定しているならば、電話で問い合わせて事前に確認することをおすすめします。
死者と向き合わされる
繰り返しになりますが、ホルマリン漬けされた人体の一部には、「死」が現実的に表現されています。だからこそ、見る側への影響力も強いわけです。ある種の死者と向き合わされるわけですから、軽い気持ちで見るのは難しいのです。
実際、ホルマリン漬けの身体を見たことがきっかけで、戦争に対して強い恐怖感を抱いてしまう人たちもいます。いわゆる、二次的受傷という問題が存在するのです。
戦争を恐れる感情は大切です。けれども、その目的は平和を実現するためであり、心理的に追い詰めることではありません。だからこそ、表現の仕方として、ある種の受け入れやすさも考慮すべきなのです。
とはいえ、原爆資料館の展示物を見た人がどのように変化していくのか。それは追跡研究でもしない限り、はっきりとはわかりません。専門家の意見が必ずしも正しいとは限りませんが、リアリティ以上に、何をもたらすのかという価値の議論をしっかりすることが大切なのかもしれません。
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