八幡神社と八幡宮の違いと共通点|それぞれの何の神様なのか?

八幡神社と八幡宮の違いと共通点|それぞれの何の神様なのか?
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日本全国に点在する神社の中で、もっとも数が多いとされるのが「八幡神社」と「八幡宮」です。その数は約40,000社に及び、稲荷神社と並んで日本で最も普及している神社形態となっています。

しかし、同じ八幡神を祀りながらも「神社」と「宮」という異なる名称を持つこれらの社殿について、その違いや共通点を明確に理解している人は意外と少ないのではないでしょうか。

本記事では、八幡神社と八幡宮の違いと共通点、そしてそれぞれが祀る神様について徹底解説します。参拝の際の知識として、また日本文化への理解を深める一助としてご活用ください。

目次

八幡神社と八幡宮の概要

八幡神社と八幡宮は、第15代天皇である「八幡神(応神天皇)」を主な祭神として祀る神社です。八幡神は勝運の神、武勇の神として古くから武家を中心に広く信仰されてきました。

八幡信仰の起源は奈良時代にさかのぼり、571年頃に大分県の宇佐の地に八幡神が初めて示顕(じげん)したと伝えられています。その後、平安時代に入り、源氏が京都の石清水八幡宮を氏神としたことで武家の守護神として広く信仰が広まりました。

八幡神社・八幡宮の総本社(総本宮)は大分県の宇佐神宮であり、三大八幡宮としては宇佐神宮、京都府の石清水八幡宮、福岡県の筥崎宮(はこざきぐう)または神奈川県の鶴岡八幡宮が挙げられます2

祭神は主に八幡神(応神天皇)ですが、多くの場合は応神天皇だけでなく、その母である神功皇后や妻である比売神なども「八幡三神」として一緒に祀られています。

八幡神社と八幡宮の違い

さて、八幡神社と八幡宮では、何が違うのでしょうか?

その1:名称の由来と社格の違い

八幡神社と八幡宮の最も基本的な違いは、その名称に表れています。一般的に「宮」と称されるのは、より格式が高いとされる神社です

神社の名称は、主に祀られている神様(ご祭神)や社格によって異なります。「◯◯宮」という名称は、皇族や身分の高い人が祀られている場合に使われることが多く、より格式の高さを示しています。例えば、「神宮」は皇室の祖先神を祀る神社、「大社」は社格が高かった神社や全国に分社がある神社の総本社を指します。

一方、「神社」はより一般的な呼称です。つまり、同じ八幡神を祀りながらも、「八幡宮」は歴史的に重要な役割を果たしてきた、あるいは皇室や武家との関わりが深いなど、より格式の高い神社である場合が多いのです。実際、三大八幡宮とされる宇佐神宮、石清水八幡宮、筥崎宮はいずれも「宮」の名を冠し、歴史的にも重要な位置を占めてきました。

その2:建築様式と境内配置の特徴

八幡宮と八幡神社では、建築様式や境内の配置にも明確な違いが見られることがあります

一般的に、「宮」と称される神社は、より規模が大きく、複雑な建築様式を持つ傾向があります。例えば、福島県いわき市の飯野八幡宮は本殿、若宮八幡神社本殿、仮殿、神楽殿、唐門、楼門、宝蔵など多様な建造物を有し、国指定重要文化財に指定されています。これらの建造物は長い歴史の中で発展し、芸術的・文化的価値を高めてきました。

一方、地域の氏神として祀られる八幡神社は、比較的シンプルな建築様式が採用されることが多いです。佐久市新子田の八幡神社の本殿は一間社流造と呼ばれるシンプルな造りですが、その中にも江戸時代の様式を持つ向拝の蟇股の形や、木鼻の先端を反り上げた組物など地域独特の装飾が施されています。

また、境内配置にも違いがあり、格式の高い八幡宮ではより整然とした伝統的な配置が見られる傾向があります。一方で、広島県尾道市の久保亀山八幡神社のように、社殿と参道が国道と鉄道によって分断されるという現代的な事情に適応した特徴的な配置を持つ例もあります。

その3:祭事と儀式の規模

八幡宮と八幡神社では、執り行われる祭事や儀式の規模や内容にも顕著な違いがあります

一般的に、八幡宮ではより大規模で伝統的な祭事が執り行われる傾向があります。例えば、いわき市の飯野八幡宮では、400年以上続く流鏑馬神事が行われており、県指定重要無形民俗文化財に指定されています。この流鏑馬は、かつては作物の豊凶を占うために行われたとされ、現在も縁起物として扇子や生姜を撒くことから「生姜祭り」とも呼ばれています。

また、多くの八幡宮では「放生会(ほうじょうえ)」と呼ばれる特別な儀式が行われています。放生会は720年に起きた「隼人の反乱」を鎮めるために始まったとされ、生きとし生けるものの平安と幸福を願う儀式です。この儀式は神仏習合の影響を強く受けており、日本独自の宗教観の形成に重要な役割を果たしました。

一方、地域に根差した八幡神社では、より地域住民に密着した祭事が中心となることが多いです。例えば、徳島県の立江八幡神社では、地元の小学生による祇園囃子の奉納や子供神輿、もち投げなど、地域コミュニティの絆を強める祭事が行われています。また、青森県横浜町の八幡神社のように、地域の自然植生林に囲まれた厳かな環境を生かした独自の祭事を行う神社もあります。

八幡神社と八幡宮の共通点

なお、八幡神社と八幡宮には共通点もありまあす。

その1:祀られる主神「八幡神(応神天皇)」

八幡神社と八幡宮の最大の共通点は、いずれも八幡神(応神天皇)を主神として祀っている点です

八幡神とは、第15代天皇である応神天皇の御霊を神として祀る際の名称です。応神天皇は、14代仲哀天皇と神功皇后の間に生まれたとされ、伝承によれば弓術の達人であったことから武の神として崇められるようになりました。

八幡神は日本書紀や古事記といった神話には登場せず、歴史上の人物である応神天皇が神格化された例です。八幡神は天照大神に次ぐ「皇室の守護神」としての地位を持ち、武家社会の発展とともに武勇の神、出世開運の神としての側面が強調されていきました。

多くの八幡神社・八幡宮では、応神天皇を中心に「八幡三神」と呼ばれる三柱の神を祀ります。典型的な形式では、応神天皇、比売神、神功皇后をともに祀りますが、神社によっては比売神や神功皇后の代わりに仲哀天皇、武内宿禰、玉依姫命などが祀られる場合もあります。

その2:神の使い「鳩」と共通のご利益

八幡神社と八幡宮は、神の使い(神使)として「鳩」を持つという重要な共通点があります

神使とは、神様と関わりが深く、参拝者の願いを神様に届けてくれる存在とされる動物です。稲荷神社の「狐」、天満宮の「牛」など各神社にそれぞれの神使がいますが、八幡神の神使は「鳩」です。これは、宇佐八幡宮を創建した大神比義を案内したのが鳩だったという伝承に由来するとされています。

八幡神社や八幡宮を訪れると、境内に鳩が飼われていたり、鳩に関連した授与品が販売されていることが多いのはこのためです。神奈川県鎌倉市の名物「鳩サブレー」も、豊島屋初代店主が鶴岡八幡宮への崇敬から生まれたお菓子として有名です。

また、八幡神は主に「勝運」「出世開運」「厄除け」「家運隆昌」「国家鎮護」などのご利益があるとされ、これらのご利益は八幡神社と八幡宮に共通しています。特に武家の時代には、戦勝祈願や出世祈願のために八幡神への信仰が広まり、現代でも勝負事や昇進を控えた人々が多く参拝に訪れます。

その3:例大祭の時期と特徴

八幡神社と八幡宮のもう一つの顕著な共通点は、例大祭の時期と内容にあります

多くの八幡神社・八幡宮では、9月に例大祭が行われます。これは、もともと旧暦の8月に行われていた祭りが、明治以降の新暦採用により9月に移行したものです。例えば、いわき市の飯野八幡宮の例大祭は8月14・15日に執り行われていましたが、明治40年からは太陽暦の9月14・15日となりました。同様に、全国各地の八幡神社・八幡宮でも9月中旬に例大祭が集中しています。

例大祭の内容も共通点が多く、多くの八幡神社・八幡宮では神輿渡御が行われます。これは神様を神輿に乗せて町内を巡行させる行事で、地域の安全と繁栄を祈願するものです。また、先述した流鏑馬神事も八幡神社・八幡宮の伝統的な神事として各地で執り行われています。

さらに、9月14日から18日頃にかけて複数日にわたって祭事が行われることも共通しており、この期間は地域の重要な祭礼期間として位置づけられています。

それぞれの何の神様なのか?

八幡神社の場合

八幡神社が祀る主神は、基本的に八幡神(応神天皇)です。これは第15代天皇とされる応神天皇を神格化したもので、別名「誉田別尊(ほんだわけのみこと)」「品陀和気命(ほんだわけのみこと)」とも呼ばれます。

応神天皇は元々実在の天皇でしたが、八幡神として神格化される過程で様々な神徳が付与されていきました。特に弓術の達人だったという伝承から武勇の神としての側面が強調され、戦いの勝利をもたらす「勝運の神」として信仰されるようになりました。

また、八幡神社では地域の歴史や信仰形態によって、様々な神様が一緒に祀られていることがあります。例えば、佐久市新子田の八幡神社では、主祭神は品陀和気命(応神天皇)ですが、社地内には天満社も祀られ、明治時代には地神社、神明社、諏訪社、戸坂稲荷神社も合祀されています。これは、地域の信仰や歴史的経緯によって、様々な神様が一つの神社に統合されてきた例です。

地方の八幡神社では、地域固有の伝説や歴史と結びついた独自の神徳が強調されることもあります。例えば、広島県尾道市の久保亀山八幡神社では、応神天皇が巡幸の際に亀の形をした丘で休息されたという伝承が残っており、この地域特有の八幡信仰が形成されています。

八幡宮の場合

八幡宮も基本的には八幡神(応神天皇)を主神として祀りますが、より格式高い八幡宮では「八幡三神」と呼ばれる三柱の神を祀ることが一般的です。

典型的な「八幡三神」の形式では、応神天皇を中心に、比売神(妻とされる)、神功皇后(母)を一緒に祀ります1。ただし、神社によっては比売神や神功皇后の代わりに、仲哀天皇(父)、武内宿禰(臣下)、玉依姫命などが祀られることもあります。

八幡宮の八幡神は、単なる武勇の神にとどまらず、国家鎮護の神、皇室守護の神としての側面も強く持っています。例えば、奈良の東大寺大仏の造立に際して宇佐八幡宮が協力したことで、八幡神は国家の大事業を支える重要な存在として認識されるようになりました。

また、八幡宮の特徴として、仏教的要素を取り入れた神仏習合の影響が強いことが挙げられます。特に「放生会」という生き物を放って自由にさせる儀式は、仏教的思想と武神としての八幡神という相反する概念の融合であり、日本独自の宗教観を象徴しています。

さらに、有力な八幡宮ではその歴史的経緯から武家との結びつきが強く、源氏、足利氏、徳川氏といった有力武家が氏神として崇敬してきました。このため、武士の守護神としての側面が特に強調される傾向があります。

八幡神社と八幡宮はどっちがいいのか?

「八幡神社と八幡宮のどちらがいいのか」という問いは、訪問の目的や個人の関心によって大きく異なります。一概にどちらが優れているとは言えません。

参拝や信仰の観点からは、どちらも基本的に同じ八幡神(応神天皇)を祀っているため、ご利益に本質的な違いはありません。強いて言えば、「宮」と称する神社はより格式が高い傾向があるため、重要な願い事や特別な機会には八幡宮を選ぶという考え方もあるかもしれません

文化的・歴史的関心からは、八幡宮の方がより規模が大きく、歴史的建造物や文化財を多く有している場合が多いです。例えば、いわき市の飯野八幡宮は多数の国指定・県指定・市指定の重要文化財を有しており、日本の建築や美術に関心がある方にとっては見どころが豊富でしょう。

一方、地域の生活や文化に触れたい場合は、地元の八幡神社の方が地域に密着した祭事や風習を体験できる可能性があります。小規模ながらも地域コミュニティの中心として長く機能してきた八幡神社では、地域固有の伝統や習俗に出会えることも少なくありません。

訪問のしやすさという点では、有名な八幡宮は観光スポットとして整備されていることが多く、アクセスや周辺施設も充実している傾向があります。一方、地域の八幡神社は静かに参拝できる場所として魅力的かもしれません。

結局のところ、「どちらがいいか」は個人の目的や関心によって異なるものであり、どちらも日本の伝統文化の重要な一部として、それぞれの魅力を持っています。理想的なのは、有名な八幡宮と地域の八幡神社の両方を訪れ、それぞれの特徴や雰囲気の違いを体感することかもしれません。

まとめ:似てるけど違う場所

八幡神社と八幡宮は、同じ八幡神(応神天皇)を主神として祀りながらも、名称や格式、建築様式、祭事の規模などにおいて様々な違いを持っています。

両者の最大の共通点は、武勇の神、勝運の神として崇敬されてきた八幡神を祀り、神の使いとして「鳩」を持ち、主に9月に例大祭を行うなどの特徴を共有していることです。しかし、「宮」と称される神社はより格式が高く、より複雑な建築様式を持ち、より大規模で伝統的な祭事を執り行う傾向があります。

八幡信仰は日本の神社信仰の中でも最も普及したものの一つであり、その背景には武家社会における八幡神への崇敬や、神仏習合による信仰の重層化があります。また、地域の氏神として定着していく過程では、地域の信仰や伝統と融合しながら多様な形態を生み出していきました。

現代においても、八幡神社と八幡宮は単なる宗教施設としてだけでなく、地域の文化的中心地、歴史的遺産、そして観光資源としての役割も果たしています。それぞれの神社が持つ独自の歴史や特徴を知ることで、訪問する際の理解や楽しみがより深まることでしょう。

八幡神社と八幡宮の違いと共通点を理解することは、日本の伝統文化や信仰の多様性と重層性を知る上で貴重な視点を提供してくれます。次回、八幡神社や八幡宮を訪れる機会があれば、本記事で得た知識を活かして、より深く神社の魅力を味わってみてください。

「似ているけれど違う」八幡神社と八幡宮は、日本の神道文化の奥深さと多様性を象徴する存在であり、日本文化を理解する上で欠かせない要素と言えるでしょう。

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