第二次世界大戦中、日本各地は甚大な空襲被害を受けましたが、驚くべきことに石川県はほぼ無傷で終戦を迎えました。統計によると、石川県の空襲による死者数はわずか27人と、全都道府県で最も少ない数字を記録しています。とはいえ、なぜ石川県は空襲を免れたのか、その謎を歴史的資料と新たな視点から解き明かしていきます。
石川県が「空襲なし」の理由
石川県、特に県都の金沢市が空襲を受けなかった事実は長年歴史研究者を悩ませてきた謎です。金沢は陸軍第9師団の司令部が置かれた「軍都」であり、通常なら最優先の攻撃対象となるはずでした。さらに不思議なのは、隣接する富山県（1945年8月1日に空襲）や福井県（同年7月19日に空襲）が甚大な被害を受けたにもかかわらず、金沢市はまったく攻撃されなかったことです。
この謎に関していくつかの説が提唱されています。
まず注目すべきは軍事的価値の評価です。米軍の機密文書によれば、石川県内の爆撃目標はわずか2カ所（国鉄松任工場と七尾港）に限られていました。対照的に、隣接する富山県には工場8カ所、港湾3カ所、水力発電所10カ所、変電所1カ所の計22カ所もの爆撃目標がありました。この産業能力の圧倒的な差が、攻撃優先順位の違いを生み出した可能性が高いです。
次に説得力のある説として気象条件があります。金沢は日本海に面し、突然の天候変化が起こりやすい地域です。空襲当時、爆撃機は主に目視で標的を定めていたため、雲が多く低空からの爆撃でも地上が見えない状況では、別の標的に向かわざるを得なかったでしょう。金沢が空襲されるはずだった日に、このような視界不良の状態だったという推測は十分に考えられます。
また、日本の降伏のタイミングも重要です。最近発見された文書によれば、金沢は1945年7月30日に作成された米軍の「フラグ・プラン」に含まれていました。これは、もし戦争が8月中旬以降も続いていれば実行されるはずだった爆撃計画でした。実際、金沢市中心部の爆撃座標はすでに設定されていたのです。
これは、もし戦争が8月中旬以降も続いていれば実行されるはずだった爆撃計画でした。実際、金沢市中心部の爆撃座標はすでに設定されていたのです。
さらに興味深いのは、1945年7月20日付の金沢爆撃に関する戦闘計画書の存在です。この計画によれば、マリアナ諸島の基地から出撃した約120機のB-29が静岡県の御前崎から本土上空に侵入し、日本海側に向けて北上、能登半島上空で左旋回して金沢市内中心部を時速310キロで通過しながら、高度4500メートルからレーダー照準により爆撃する予定でした。金沢はこの運命から数週間の差で逃れたのです。
「白山があったおかげ」という地元に伝わる言い伝えもありますが、軍事戦略的な観点からは、産業能力の低さ、気象条件、そして何より終戦のタイミングが、石川県が空襲を免れた主な理由だと考えられます。結果として、金沢の歴史的・文化的な財産は奇跡的に保存され、現在の観光資源となっています。
空襲を受けなかった県まとめ
石川県だけでなく、空襲被害が比較的少なかった県が他にもいくつか存在します。空襲による死者数統計を見ると、以下の県が特に少ない数字を記録しています：
- 石川県：27人（日本最少）
- 島根県：33人
- 奈良県：36人
- 山形県：37人
- 長野県：40人
- 滋賀県：43人
- 秋田県：103人
- 鳥取県：106人
- 京都府：132人
特、に注目すべきは京都府の低い死者数です。日本の主要都市であり歴史的中心地である京都が空襲からほぼ免れた事実は長年謎とされてきました。多くの日本人は、アメリカ人美術史家ラングドン・ウォーナーの文化財保護の訴えが京都を救ったと信じていました。
しかし、機密解除された文書から、より戦略的な動機が明らかになりました—京都は原爆投下の潜在的候補地として保存されていたのです。
米軍は原爆投下の候補地として、早い段階から京都、広島、小倉（現在の北九州市の一部）、新潟を選定していました。これらの都市は意図的に通常爆撃から除外され、原爆の被害を正確に評価するための「無傷のターゲット」として保存されていたのです。京都の碁盤目状の街路パターンと開けた盆地は、核兵器の効果を分析するのに理想的だったのです。
空襲被害が少なかった他の県にも共通する特徴があります。多くは比較的農村部であり、主要な工業施設がなく、または米軍の爆撃作戦にとって物流上の課題を抱える地域にありました。例えば、北日本の県（山形県や秋田県など）はマリアナ諸島の米軍基地からより遠く、到達しにくい標的でした。
また、北緯39度以北という地理的条件から、サイパン島を基地としての空襲が困難とされた都市群もありました5。米軍は日本の都市を人口規模と産業的重要性に基づいてランク付けしており、このリストで低い順位にある都市は、主要標的に到達できない場合の代替標的として扱われることが多かったのです。
「空襲被害が少ない」ことは必ずしも空襲が全くなかったことを意味するわけではありません。死者数の少ない県でも何らかの空襲を経験しています。例えば京都は、大阪や神戸を目的地とした空襲で使い切れなかった爆弾の投下のみを受けました。
アメリカ軍は何を基準に攻撃する地域を選んだのか？
米軍の標的選定プロセスは戦争を通じて進化しました。当初は軍事施設や産業施設の精密爆撃が主要戦略でしたが、1945年初頭までに、米軍の戦略は都市中心部の地域爆撃へとシフトしました。特に木造建築が多い日本の都市に対しては焼夷弾を使用する戦略が採用されました。
1945年7月、米軍は人口を主な基準として180の日本の都市をランク付けした包括的な「中小都市空襲目標地リスト」を作成しました。このリストは都市を以下のようないくつかのグループに分類しています：
- 原爆投下目標としてあらかじめ空爆の対象から除外された都市（京都、広島、小倉、新潟）
- すでに攻撃・破壊済みであり、これ以上の攻撃は不要と判断された都市（東京、大阪、名古屋、神戸、横浜）
- 1945年8月15日までに実際に空爆を受けた都市
- レーダーが作用しにくく、夜間や悪天候下での空襲が困難と判断された都市
- 北緯39度以北のため、サイパン島を基地とした空襲が困難とされた都市
- 空爆の被害を免れた都市（戦闘機による攻撃のみを受けた都市を含む）
産業能力は標的選定における主要な要素でした。米軍情報部は日本の産業について詳細な情報を収集し、潜在的標的を強調した地図を作成しました。戦争生産施設が多い都市が優先されたのです。これは、多数の工場や発電所を持つ富山が激しい爆撃を受ける一方、産業能力が限られていた隣接する石川県がほぼ無傷だった理由を説明しています。
戦略的価値も重要な要素でした。軍事基地、交通の要所、または港を持つ都市はより高い優先順位を受けました。例えば金沢は軍都でありながら、第9師団が実際には台湾や沖縄に配備されており、司令部はほぼ空だったため、戦略的価値が低いと考えられていました。
天候と視界も爆撃作戦において現実的に重要な役割を果たしました。B-29爆撃機は当初、目視爆撃に大きく依存していましたが、戦争が進むにつれてレーダー爆撃能力も向上しました。視界不良は爆撃機を代替標的に向かわせるか、任務を完了せずに帰還させる原因となりました。
戦争終盤に作成された「フラグ・プラン」は、標的決定がどのように行われたかについての洞察を提供します。これらの詳細な戦闘計画には、都市中心部の爆撃のための具体的な座標が含まれていました。例えば、浦和市（現在のさいたま市の一部）のフラグ・プランは、国道463号と仲町平和通りの交差点を「爆撃中心点」に指定していました。同様の計画が金沢や、最終的に日本の降伏によって爆撃を免れた他の都市にも作成されていました。
戦争が進むにつれ、米軍の爆撃戦略は軍事能力の破壊だけでなく、民間人の士気を挫くことにも焦点を当てるようになりました。文書によれば、1945年3月の東京大空襲以降、米軍の戦略は軍事施設を標的とすることから、意図的に民間人口密集地域を標的とすることへとシフトしていました。
この議論を呼ぶアプローチは、政府が市民を保護できないことを示すことで、日本の降伏を強制することを目的としていました。
まとめ：石川県は運が良かっただけ
石川県が比較的安全だった最も可能性の高い説明は、複数の要因の組み合わせです。限られた産業能力は、隣接する富山のような工業化された地域と比較して、優先順位の低い標的としました。日本海沿岸の気象条件は爆撃作戦を複雑にした可能性があります。そしておそらく最も重要なのは、金沢への爆撃計画が実行される前に日本が降伏したことです。
金沢の歴史的景観—武家屋敷街、芸妓街、伝統的な庭園—の保存は、意図的な文化保存の努力ではなく、戦略的計算、環境条件、そしてタイミングの結果だったのです。これは、文化的価値のために京都が空爆を免れたという一般的な神話とは対照的です。実際は原爆投下の潜在的標的として保存されていたのです。
どの地域が爆撃され、どの地域が免れたかという問題は、戦争倫理に関する深い問いを投げかけます。米軍の戦略が軍事施設から都市中心部へとシフトしたことは、戦略的目標を達成するために民間人口を標的にする意欲を反映していました。軍事史家がこのようなアプローチの必要性と倫理について議論を続ける一方で、これらの決定がもたらした人的コストは否定できません。
石川県のような場所の住民にとって、爆撃がなかったことは非常な幸運でした。「金沢に空襲が無かったのは、いまだに合理的な説明がつかず、まさに奇跡としかいいようがない」という地元住民の言葉1が示すように、金沢の文化遺産の保存とその人口の生存は「奇跡」と表現できるかもしれません。その奇跡により、現代の私たちはこれらの保存された都市景観の中で生きた歴史を体験することができると同時に、戦時中の破壊の恣意的な性質を思い起こさせるのです。